ウイルス肝炎対策はSDGs(3.3)の一つであり、重要な地球規模課題です。WHOは2030年までにウイルス肝炎排除 Eliminationを達成する目標を掲げています。
広島大学肝炎・肝癌対策プロジェクト研究センターでは、肝炎ウイルス感染状況の把握及び肝炎ウイルス排除への方策に資する疫学研究を実施し、政策の企画立案、基準策定、行政施策の科学的根拠となる基礎資料を提示しています。ウイルス肝炎のElimination目標の達成のため、自治体地域毎に異なる課題の明確化、地域の治療実態等の特性に応じた方策の研究を行っています。
日本では、B型肝炎ウイルス(HBV)母子感染防止事業や、輸血用血液スクリーニングの導入、“検査、診断、治療”を見据えた総合的な肝炎・肝癌対策を推進した結果、C型肝炎ウイルス(HCV)については2030年までにWHOの提示するElimination目標を達成すると見込まれておりHBVについても5歳以下の陽性率を0.05%以下にまで低下させています。
一方、世界におけるHBV持続感染者(キャリア)は約3億人、毎年約82万人がHBV関連肝疾患で死亡していると推定されており(2019年時点)、アジアやアフリカ諸国はHBV高浸淫地区となっています。当センターでは、国内のウイルス肝炎の疫学研究に加え、カンボジア、ベトナム、ブルキナファソにおいても現地で疫学研究を行い、肝炎ウイルスEliminationを目指した国際協力を行っています。
2017年にはカンボジア全土を対象とした肝炎ウイルス感染状況全国調査を実施(協力:カンボジア保健省、カンボジア健康科学大学、WHO、米国CDC)、カンボジアが5歳児のB型肝炎ウイルス陽性率を1%以下とするWHO目標を達成したことを実証しました。一方で、同国における母親集団の感染率は4.4%と高率であることが明らかとなったことから、2019年よりカンボジア保健省およびWHOカンボジアの協力のもと、カンボジア北西部、シェムリアップ州の3医療機関において疫学調査を実施しました。1,565例の妊婦及びその出生児の血清試料を収集・解析した結果、妊婦の感染率が4.3%と依然高く、そのうち3割がHBV母子感染の高リスク妊婦(高ウイルス量)であることが明らかになりました。HBV感染者から生まれた35人すべてに対してHBV母子感染の予防策としてワクチン接種が行われましたが、その中の1人に感染が確認され、胎内感染が疑われました。この結果をふまえて、カンボジアのHBV母子感染防止対策には、妊婦のHBVスクリーニング導入ならびに高リスク妊婦(高ウイルス量)への抗ウイルス薬投与が必要であることを提言しました。
2018年以来、サハラ砂漠以南、西アフリカに位置するブルキナファソにおいても、Clinical Research Unit of Nanoro(CRUN)との協力を通じて、疫学研究にもとづくエビデンスを創出し、地域特有の状況にあわせた効果的なHBV母子感染防止策の提案に貢献しています。
これまで行ってきた疫学調査の結果、同国内の妊婦のうち6.5%がHBVに感染しており、その中の2割がHBV母子感染の高リスク妊婦(高ウイルス量)であることが判明しました。また、同国の主流株がHBV genotype Eであることを考慮すると、抗ウイルス治療が必要な妊婦の判別において、通常一般的に代用指標とされるHBe抗原を用いた場合、多くの誤判断が生じることを初めて明らかにしました。得られた知見に基づき、同国では妊婦のHBVスクリーニング導入が急務であり、HBe抗原に代わる簡便なウイルス量評価法の導入が求められることを提言しました。妊婦への抗ウイルス治療と新生児へのワクチン接種を通じて母子感染を予防できたかどうかについての解析も現在進行中です。
今後もアジア・アフリカ地域において、個々の地域が抱える異なる課題を明確に理解し、医療制度、経済的状況、文化的背景などを総合的に考慮しつつ、B型肝炎ウイルス母子感染を効果的に防止するための対策を構築する取り組みを進めてまいります。