2011年の東日本大震災によって発生した福島第一原子力発電所炉心融解事故は、多量の放射性物質を環境中に放散させ、周辺沿岸の生態系に壊滅的打撃を与えました。事故から10年が経過し、東北地方の太平洋沿岸の生態系は概ね、回復しましたが、原発周辺では局所的な回復の遅れや巻貝の生殖異常などの影響が散見されます。
私たちは国立環境研究所の堀口敏宏研究員と巻貝の生殖異常の原因を探る共同研究を開始しました。巻貝類の生殖機能は神経ペプチドによって調節されていますので、環境要因による神経ペプチド調節系の攪乱が生殖異常の原因と考え、次世代シークエンサーを用いて、生殖異常を起こした巻貝の中枢神経系の遺伝子発現の変動を調べました。その結果、いくつかの神経ペプチド前駆体遺伝子の発現が低下していることを見出しました。今後、この発現変動が巻貝の生殖異常とどう結びつくのか、明らかにする必要がありますが、この研究の成果は、原発事故が生態系に及ぼした影響を正しく理解し、生態系の回復を支援する方策を考える基盤となる知見を提供できると考えています。